ビジネスパートナーとして事業を展開している松田美淑さん(以下Mish)と大塚ちづるさん(以下Chi)。Mishは米国、Chiは日本でそれぞれ生まれ育ちました。2人は共にゴールドマン・サックスニューヨーク/東京オフィスでの勤務経験を経て、現在は共同創設者として、プロフェッショナルな女性たちのためのエグゼクティブコーチング及び人事コンサルティングを専門とした会社ASG Worksを立ち上げました。同時に、世界で活躍するアジア人女性のための会員制ネットワーク組織THE CHOICEをスタート。THE CHOICEという組織名は、J.K. Rowlingによる「自分が本当に何者かを示すのは、持っている能力ではなく、どのような選択をするか」という言葉にちなんで名付けられています。そして彼女たちの「私達には選択がある。」という強い想いも込められています。さて、ここからはMishとChiに、求める仕事のための装い方と、多様な文化の中でもいかに自信をもってふるまえるようにするか、そしてアジア人女性たちが仕事の現場で直面する問題について語ってもらいましょう。

Chi(左)は、PeggyのアイボリーカラーのトップスとカシューナッツベージュのCobble Hillのスカートに、Heleneのネックレスを合わせてホワイト系のワントーン。Mish(右)はRowlingの黒のトップスに、Clooneyの黒いパンツ、サンドベージュのAccentのベルトを効かせ、Five Stoneのネックレスを合わせて、全身を黒でまとめて。

Chiは東京育ちですよね? アメリカに来たのはなぜですか?
Chi:ちょっと長くなりますが、私の生い立ちから話させて下さい。私の母は自分で事業をしていました。物心ついた頃から、そして今でも、彼女はいつでも私のロール・モデルであり続けています。母は、ひとりの女性が強く、そして同時にエレガントでいられるということを身をもって示してくれました。ですので、幼いころから私の頭には「女の子だからって、何事制限されるべきではない」ということがしっかりと刻み込まれたと思います。でも、東京の文化はまだまだ圧倒的に男性優位です。日本での学校時代、私は常に多くのことを経験したい、主体的でありたいと思っていて、母もそんな私を励ましてくれていました。でも、世の中も、通っていた学校もそういう環境ではありませんでした。例えば、生徒会長になりたいと思っても女子という理由で許されず。家庭でも私の父は典型的な日本人男性ですので、よく「お前が男の子だったらよかったのに」と言っていましたね。その度に、母は「女の子でもできます!」と言っていました。

多くの経験をしたくて、アメリカの大学に行きたいと言った時、母は「それはいい」と背中を押してくれました。将来何の仕事に就きたいかはまだ明らかではありませんでしたが、好奇心に満ち溢れ、リーダーになりたいという思いは常に明確にありました。

ノースカロライナ州の大学へ留学し、卒業後は東京に戻って就職しました。多くの人が憧れる会社ではあったと思いますが、私には合いませんでした。日本には多くの社会的圧力があります。それは日本の文化に自分を合わせる事に疲れてしまったのです。女性は25歳までに結婚すべき、とか、12月25日を過ぎたら食べられないクリスマスケーキにたとえるジョークもあって…当時の私はまだ結婚したいのかどうかすらわからなかったのに! 本当に毎日がこういう違和感との闘いでした。その頃ココ・シャネルのこんな言葉に出合いました「20歳の顔は自然からの贈り物。30歳の顔はあなたの生きざま。でも50歳の顔はあなたの人生の功績」。母はその時ちょうど50代で、「自分の顔、好き?」と聞いてみたら「大好きよ」と。50歳までに彼女のように何者かにならなければと決意したのはこの瞬間でした。結婚についてもいったん忘れましたね。何度かの転職の後、金融業界に入りました。もがきながら仕事をしているそんな時に夫と出会いました。やがてゴールドマンサックスに合計18年間勤務しました。10年間をNYで8年間を東京オフィスで過ごしました。証券部門からはじめ、ある日「人事部門に異動する気はあるか?」と聞かれました。その時簡単に「ノー」と言ってしまった私に当時のボスは「誰かに仕事を勧められたらその内容を必ず熟慮してほしい。なぜなら自分に見えない物が人には見える時もあるから」と言われました。結果よく考え異動して引き受けたその人材開発の仕事には愛情をもって臨め、後に東京へ戻るきっかけとなります。東京では約8年間にわたりマネージャーとしてアジアチームをまとめていく経験もしました。会社を辞めたのは48歳になる時でした。またシャネルの言葉に戻りますが、50歳はいわゆる人生の曲がり角で、50歳の時に自分がどんな風に生きていたいのかを常に考えた私は、アメリカに戻りある仕事をしたいという想いがあったからです。退職後に、ゴールドマンとはダイバーシティコンサルタント及びエグゼクティブコーチとして雇用契約を結ぶ事になりました。こういうことになるとは考えもしませんでしたが、人事の仕事で十分な経験を積んでいたので自信を持って引き受けられました。そして、その後ある事をきっかけにMishと出会う事になります。

Mish、あなたをChiに導いたのは?
Mish:大学を卒業した当初は、何をしたいのかが明確ではなかったのですが、経済学を専攻していたので、仕事の選択肢として多かったのが金融とコンサルティングでした。私はゴールドマンサックス入社する事にし、必要とされていたスキルがあったこともあり業務部門への配属でした。キャリアを積み重ねるには良い環境でした。また、NYからキャリアをスタートさせたわけですが、8~9年経った頃、思いも寄らなかった機会がやって来ました。夫が東京勤務となったのです。もちろん私もゴールドマン東京オフィスへの異動願いを出し、転勤する事ができました。ゴールドマンにはトータルで約11年間勤務しました。東京に住んだことが無かった私には貴重な経験でした。仕事面でも本来の職務の他に人材開発やメンターの仕事に多くの時間を費やすことになった事で現職に繋がる経験になりました。今振り返ってもとても楽しんで仕事をし、充実した時だったと思います。その後、NYへ戻るタイミングでゴールドマンを辞めることを決心し、自分が何をやりたいかを見なおすことにしました。当時娘がまだ1歳で、より充実感と意義のある仕事を探していたんです。内面を深く見つめ直して、キャリア&エグゼクティブコーチングの仕事に従事しようと決めました。もちろんこれが二人を導くきっかけになるとは当時は全く認識していませんでした。

お二人の出会いとそれがビジネスのパートナーシップとして発展した経緯は?
Chi:二人が出会ったのはほんの些細なきっかけでした。NYでエグゼクティブコーチングを始めた頃、一体料金をいくらにすればいいのか分からなかったんですね。そのことを夫に話すと、彼の日本での同僚だったMishに会ってみたら、と提案してくれましたのがきっかけでした。

Mish:当時、アジア女性を中心にキャリア&エグゼクティブコーチをしていたのですが、私達2人ともビジネスパートナーを探していた訳ではありませんでした。同じ業界の同僚としてしかお互いを見ていなかったといいますか。でもすぐにピンときました。私達は同じ価値観や似通ったビジョンを持っていることを強く感じたのです。そしてある日Chiが「私達が一緒に働くことって、どう思う?」と言ってくれました。一人よりも二人のほうがより多くのことを達成できるとお互い認識していました。興味が重なっていることは多いのに、強みとスキルは全く異なるので、協力しあうことで、得意分野を活かして成功できるのだと思います。Chiはある分野のことについてはごく自然に舵取りができますし、その逆もしかりですしね。

Chi(左)、Rachelのオークブラウンのドレスに、SantAmbroeusの黒いテーラードジャケットをはおり、ネックレスはHelene。Mish(右)はDeneuveのクリームベージュのトップスに、メランジの入ったグレーのMejiaパンツ、Aradiaのネックレスで。

なぜアジア人女性に特化した事業にしたのでしょうか?
Mish:企業で働いた経験から、アジア女性に対するサポートが足りないと感じました。新卒の就職率に比べて、管理職やリーダー的なポジションについている女性の割合も少ないですよね。また、謙虚さのように、幼いころからの生活を通して教えられた価値観の多くが、欧米の企業文化とは異なり、相容れないという現状があります。アジア地域の多くの国は、過度に主張したり、自信過剰に見えてはいけないということが重視される文化です。欧米ではその逆で、リーダーとして主張することは望ましいこととされています。人と人とのコミュニケーションにおいては、こういった文化的な違いが影響してきてしまいます。東京で働いていた頃、チームの多くの女性が優れたパフォーマンスを発揮しているにも関わらず、成果やスキルをアピールすることについて苦心しているということに気が付きました。例えば「私が対応しました」ではなく、「チームで対応しました」と報告したり、話す時に視線を合わせなかったり。このような小さいことから変える事で、自分に自信をもつ手助けになります。内気でためらってしまったために上司とのミーティングのチャンスを逃すことがないようにアドバイスしたりしました。アジアではグループ、チームの一員であるべしという意識の持ち方が強く、また、そのルールを破ってはいけないと教育もされています。そういう文化の中では、一人一人の個性を表現することすら難しいと思いますが、チームワークを強みとしてみせることも可能です。このような経験をもとにちょっとした事で成果に影響する事を身を持って体験し人材育成の事業を立ち上げるきっかけとなりました。

Chi:Mishに同感します。日本は文化、ジェンダーの違いへの意識がアメリカよりもはるかに強く、極端といえるほどです。ただしグローバル化が進むにつれて女性だけでなく男性も同じ事で悩む事になりそうですね。NYに10年住んでいた間に、歩き方、話し方、立ち居振る舞いが変わった事がその理由の一つかと思いますが、多くの日本人は、私が日本で生まれたとは思わないようです。立ち振る舞い一つで人はいろいろな事を判断してしまう事を強く感じました。この様な私達の色々な経験が2人で働くきっかけを作ったのではないかと思っています。彼女はアメリカ出身、私は日本出身ですが、たくさんの東京での経験と共通点があるからです。

日々の服装は、プロフェッショナルな自分自身を表現する上で、どのような役割を担っていますか?
Chi:日本では多くの人は堅い着こなしをしていますね。NYに来た頃、職業にぴったり合った(もしくはプロフェッショナルさを感じさせる)装いがアドバンテージになると気が付きました。洗練された装いをすることで、人は私を責任のある立場にいて、物事を任せられると感じたと思います。アジアとNYでいろいろなビジネスパーソンにアドバイスをし始めた頃、人は私をあるニックネームで呼ぶようになりました。「ファッションポリス」です(笑)。服には力がありますが、着こなしの到達点は、自身が着ている服を会う人に(仕事相手に)覚えてもらうことではありません。あなたの話をしっかりと聞いてもらい、時にはその語る言葉に力をもたせることが目標

Mish:Chiはとても思慮深く洋服を着ますね。装いに存在感と自信が醸し出されています。日本の女性たちは着こなしのまとめかたが上手だと思いますが、NY育ちの私から見ると、女性らしく、又はかわいらしく見せることにややこだわりすぎていると感じます。それだと、仕事の現場での重圧に負けてしまうのではないかと思います。そんな私たちが働く女性に伝えたいことのひとつに、「服は使える道具」ということがあります。もちろん、見た目がすべてではありませんが、間違いなく自分を認識させ、また興味を抱かせるものであり、時にはチャンスにつながることだってあるのです。

おふたりのワードローブについて詳しく聞かせてください。
Chi:毎週金曜日に翌週の予定を確認します。どこに行き、誰に会い、どんな話をするのかまで確認します。あまりフォーマルでなくてもいい人と会うなら、決めすぎないように。逆にネイビーのスーツがいつもの仕事服という方にお会いするのであれば、私もネイビーの洋服を着ることもあります。私のいつものベーシックスタイルは、シルクのブラウスや無地の服ですね。柄のついた洋服は、脳で処理されるのに時間が掛かるのであまり着ません。特に初対面の人と会う時などはさけます。身に着けるものが自分の妨げになるようなことがあってはいけないと思っています。

Mish:金融で働いていた頃、ジャケットを着ると責任のある立場に見えるのかな、と思うことがよくありました。なので、目上の方と会うことになればジャケットを着るかもしれないですし、チームのメンバーから、たとえばキャリアパスについての相談を受ける時なら、セーターを着るかもしれません。相手によって調整しています。個人的にはスカートよりパンツが好きですね。

支配的な文化、たとえば欧米の男性社会――の中で女性を教育していくことと、多様性を認め合うことが――自分たちの個性と強みをたたえあうこと――の両方が必要とされる社会の間で、今後どのように歩んでいきますか?

Chi:今何が間違っていると協議するよりも、未来に向けてディスカッションをしていきたいと強く思います。大切なのは今の常識ではなく、もっと個に目を向けて言えば今どんな人物なのかではなく、自分がどんな人になりたいか。人も社会も、日々進化を続けています。5年前を振り返ってみても、自分の基準は今と違っている。だから私たちは3年後、どんな人でありたいかを問いかけています。特定の方向に押しやるのではなく、一人一人が創造的なビジョンを自ら見つけられるようになってほしいです。

Mish:伝えたいのは、決して自己否定ではなく、何を強みとして達成していきたいのか、です。すべての文化や人はそれぞれ異なる強みを持っています。それらを認識して、打ち出していきながら、最も効果的な方法で表現するということが大切だと思います。